2022年9月に経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン(以下、ガイドライン)」を公表しました。これに伴い、多くの企業は同ガイドラインに沿って、①人権方針の策定、②人権デューデリジェンス(DD)、そして、③救済策を進めています。企業としてガイドラインに沿った対応をすることは必要ですが、その際、企業が注意するポイントはなんでしょうか。

約5割の上場企業が人権DDを実施

 2021年9月に経済産業省が東証一部・二部(当時)の上場企業2,786社に対して実施した人権に関する取組状況の調査では、回答企業760社のうち約7割が人権方針を策定済み、約5割が人権DDを実施していると回答しています。この数字はガイドライン発行に伴い、大きく上昇していることが想定されます。

 ガイドラインには法的拘束力はありませんが、日本で活動する全ての企業がガイドラインに則って人権尊重の取組みに最大限努めることとされています。2011年に国連人権委員会で支持(endorse)された「ビジネスと人権に関する指導原則(以下、国連指導原則)」を始め国際スタンダードに基づいていますので、グローバルにビジネスを展開している企業はもちろん全ての企業が対応するべきものです。このため、ガイドラインに示された対応を実施する企業が一日も早く100%になることが望ましいと言えます。

ガイドラインに則って人権DDをすれば十分か?

 他方で、人権方針を策定し、人権DDを実施し、救済の仕組みを整え、それを外部公開するというのは、最低限クリアしなければならない最初のステップでしかありません。また、ガイドラインの性質上、人権に対する「負の影響」の特定、評価、防止、軽減をすることに重点が置かれています。これは、その基礎となっている国連の指導原則や、「世界人権宣言」もそうなっていますし、政府のガイダンスという位置づけ上、最低限守らなければいけない原則が書かれているということも理解できます。

 しかし、だからと言って、企業がその最低限だけをしていればよいのでしょうか。サステナビリティの観点から企業に求められていることは、経済価値と社会価値を両立させる共通価値の創造であり、人権侵害を行わないという最低限の対応ではなく、積極的に人権を擁護し、涵養していくことです。

 例えば、企業が社員の健康に気をつけていると言う場合、多くの企業は、定期的な健康診断や、ワクチン接種の補助などを実施しているのではないでしょうか。これらの取組みはもちろん重要であり必要なことですが、例えば、味の素が自社製品を使って社員の睡眠改善プログラムを実施しているように、更に一歩進んでメタボ解消など病気を予防するだけでなく健康を増進する取組みが必要と言えます。

全てのステークホルダーの生命と自由を確保し幸福追求を促進する

 サステナビリティの観点からは、企業は、負の影響を防止・軽減するHowが定められたガイドラインに則って人権DDを進めることは当然ですが、それだけでなく、全てのステークホルダーの人権、すなわち、生命と自由を確保し幸福の追求を促進することで社会価値を高めていく取組みを進めることが求められています。

 具体的には、人権方針も一度設定して額に飾っておくのではなく定期的に見直し、横並びで取り組みを進めるのではなく、他社が取り組んでいないような新たな仕組みも積極的に導入しPDCAを何度も回転していくことが必要です。これにより、他社からベンチマークされるような模範となり、業界やビジネスのスタンダードを上げる企業として、社会から一層必要とされる存在になっていくと言えるのではないでしょうか。