1.コロナ×SDGsの論点は何か?

SDGsは2016年の発足以来、世界の潮流としてビジネスセクターを巻き込んで盛り上がり続け、今後もオリンピックや大阪万博などを追い風に更に勢いを増していく方向で進んでいました。ところが、2019年末に発生した新型コロナウィルスの世界的な感染拡大がパンデミックという歴史上の大事件へと発展し、現状、世界のあらゆる話題は一時的にコロナ一色となりました。日本において緊急事態宣言は解除されたものの、コロナの感染はまだ続いており、完全な収束を見通せる状況にはありません。

こうした状況の中、SDGsを含む国際的な潮流は、今後、「コロナ危機を抜けた後に傷ついた社会と人々をどう復興させ、新しい世界の発展の道を進むべきか(アフターコロナ)」、及び「コロナの拡大を感染させずに世界が発展するために、どのような社会の仕組みと人々のライフスタタイルを構築すべきか(withコロナ)」といった論点を抜きに議論することはできなくなりました。

アフターコロナとwithコロナ(広義では両者とも「アフターコロナ」)は、SDGsの潮流にどのような変化を起こすのでしょうか。また、その新たなSDGs潮流の中で、今後、企業はSDGsに対してどのように行動していくべきでしょうか。

2.コロナはSDGs潮流をどう変えるか?

持続可能な世界を実現するための国際的な潮流は、1990年代の環境ブーム以降、長年をかけて社会構造化してきたものであり、SDGsはその一端を担っているに過ぎません。そのため、今回のコロナの一件により一時的な論調や課題の優先順位が変わることがあっても、根幹の流れが大きく変わることは想定されにくいといえます。他方で、最も変化大きいと思われるのは、SDGs社会的な潮流ではなく、それに対する人々の認識にあります。

SDGsはこれまで、全人類は一つの繋がった社会で生きており、今の社会システムと人々のライフスタイルを続ければ世界は環境、経済、社会の境界線を越えてしまい、将来的に持続不可能であることを主張してきました。こうしたSDGsの前提となる認識に対し、これまで頭では分かっている人は多いものの、自分事として共感している人は少なかったと思います。

今回のコロナ禍では、当初は対岸の火事と思われた中国武漢でのよくある風邪ウィルスの一種の発生が、あっという間に自身の周辺を含む世界に広がり、毎日の仕事と生活のスタイルを変えてしまうという事態を多くの人々が経験しました。これにより、世界が境界線を越えるとはどんな状態であるかについて身をもって知り、普段当たり前と感じている地球の存在と人類の暮らしは、実はとても脆弱なものであることを感じたと思います。

また、社会問題が世界全体の経済活動を止めてしまったことにより、社会課題は経済課題を凌駕するインパクトを持つという認識が強まっていると思います。過去に同じく経済活動を止めたリーマンショックは経済問題、東日本大震災は自然災害であり、今回のように社会課題が経済活動を止めたわけではありません。また、同じコロナウィルスであるSARSや、動物由来感染症が拡大した鳥インフルエンザなどとは、影響の範囲と大きさが違います。

3.企業は何を考えるべきか?

コロナによって生じた経済の停滞により、今後の世界経済の見通しは厳しいものになっています。ほぼ全てのビジネスが影響を受けており、廃業の危機に追い込まれている企業も多くあります。亡くなった方や苦しんでいる方も多い中、将来を考える際にはどうしても暗い面を強調しがちです。

しかし、社会課題に対する実感が世界全体で深まり、アフターコロナやwithコロナの時代として、企業の在り方や人々の暮らしに大きな変化が起きていくという中での市場環境は、企業にとって悪いことだらけではありません。企業はこの変化がもたらす脅威と機会について冷静に考えるべきです。

第一に、「現状維持を続けるリスク」を実感とともに具体的に考えることが重要です。今回のコロナはSDGsでいえばゴール3の中の感染症対策の問題です。コロナにも様々な種類があり、感染症はコロナ以外にも様々なものがあります。今回は単に感染力が強く、人が免疫を持たないウィルスだったというだけです。同様のリスクをもつウィルスは無数に存在します。更に感染力が高く致死率の高いウィルスであれば人類は絶滅の危機に瀕していたかもしれません。コロナ禍を無事に抜けたとしても、このようなリスクはこれからも存在し続けます。

 また、社会課題は全て繋がっており、感染症対策はSDGsの1つのゴールの一分野でしかなく、複雑に絡み合う社会課題の表面に出てきた氷山の一角でしかありません。

コロナはもともと中国の武漢で発生し、中国の都市から世界中の都市に広がりました。SDGsの示す統計によれば、現在、世界中の都市において、許容量を超える人口の増加と流入が起きています。都市の人口過密によるソーシャル・ディスタンス(人と人との距離)を確保することの困難さは、感染を広げた主要な要因の一つです。更に、都市住民の9割は汚染された空気の中で住んでおり、中国や米国は都市の大気汚染が最も懸念されている国です。都市住民が普段吸い込んでいる汚染物質のために恒常的に免疫力が落ちていたことが、コロナの発生や感染拡大につながったとは考えられないでしょうか。

このように要因を探っていくと、SDGsで指摘されているその他の多くの社会課題は全て企業を含む社会全体にとって潜在的なリスクとして浮かび上がってきます。

企業から見れば、長年かけて一つ一つ積み重ねてきた自社の事業とそれが産み出す経済価値が、いつ社会課題の表面化によってゼロに近い水準まで叩き落されるか分からないというリスクは、耐え難いものがあります。そして、SDGsが示すような大きな社会課題は一社でそのリスクに対応はできず、市場全体として対応していく必要があります。したがって、SDGsが目指す社会価値と経済価値の両方を企業が産み出していくような市場の実現に協力することは、自社の持続可能性を確保する上でも重要なことといえます。今回、各国の政府がコロナへの対応という社会課題解決のために企業の経済活動を止めるというオペレーションをとったことは、皮肉にも企業活動と社会課題解決が現在はトレードオフの関係にあることを示す象徴的な出来事だったといえます。

第二に、企業は社会課題がビジネスチャンスを産み出すものであることを認識すべきです。社会課題に対する新たな解決策のほぼ全てが、企業にとってはビジネスの機会です。なぜなら、そこには人々の新しい需要が大量に発生しているからです。

コロナ禍は直接的な解決策となるワクチンや治療薬は開発した企業にとっては莫大な収益をもたらすビジネスの機会となりました。そして、解決策は直接的なワクチンや治療薬だけではありません。治療ではなく予防策やその周辺を支える製品・サービスも解決策です。例えば、予防はマスクや消毒液だけでなく、テレワークシステムやそれを支える周辺の仕組みもあります。テレワークという新しいライフスタイルが定着することで、「コロナに罹りたくない」というだけだった当初のニーズから、「一日一回だけのウェブミーティングのためだけに化粧をするのが面倒」、「子どもが家の中でエネルギーを持てあましていてうるさい」といった新しいニーズが発生し、画面上でだけ化粧をしてくれるソフトや室内用トランポリンなどの新しい商品が実際に売れています。自社の製品・サービスや新規事業を社会課題の新しい解決策として提示することで、新しいビジネスの機会は無数に広がっています。

4.企業はどう動くべきか?

経営が比較的安定しており、社会的影響力の高い大企業は、上記で示した脅威と機会のうち、リスクサイドをより意識して自社のビジネス全体を考えるべきと思います。コロナ禍が示した通り、社会課題は企業にとって経営戦略上最も気にかけている市場や顧客の動向や競合との市場競争よりも大きなリスクを孕んでいるからです。

ただし、企業が価値創出を通して社会課題リスクを低減するというのは、意識の高いある一部の企業だけに負担を強いるということではありません。持続可能な社会における市場の姿とは、一つの社会価値の高い企業があることで多くの人々が少しずつ恩恵を受け、多くの人々はそのような社会価値の高い会社を存続させるために、消費者、投資家、労働者、規制者などのそれぞれの立場で少しずつ支援するような姿です。別の言葉でいえば、企業や製品・サービスの価値が経済価値と社会価値の総和で定義され、それによって競争が行われる市場です。コロナを通して社会課題の実感と認識が人々の間で強まっていけば、そうした市場に向かう社会的な潮流はますます強まっていきます。

コロナで世界が新たなフェーズに入ったことにより、社会や市場に対する人々の見方が変わってきています。企業が一斉に行動を起こせば、持続可能な社会のための市場実現の好機にもなり得ます。

そうした機会を前に、普段SDGsは本業で取り組むと言っている大企業が、「経営が大変なので不要不急のSDGsが後回しになるのはやむを得ない」という姿勢をとるのは、残念ながら言行不一致といわざるを得ません。以前、リーマンショックの時にCSR予算が削られたことがありましたが、まさにSDGsを本業の脇にあるコスト活動と捉えており、実は自社の狭い利益の事しか考えていない企業であることの証左と言えます。ここで前に踏み出せるかどうかが、持続可能な世界を創るために人類が問われている意思決定であり、SDGsが企業に求める統合行動であると言えます。

小さな市場変化の波にも翻弄される中小企業にとっては、コロナ禍の影響は生死に関わるものだと思います。多くの中小企業はまだSDGsに取り組めていませんし、着手していたとしても今はいったん脇に置いて収益力改善に全力を尽くしたいというのが本音だと思います。経営破綻の危機的状況を前に、中小企業が生き残りに精一杯になるのは自然なことです。

しかし、アフターコロナ、withコロナという予測不可能な事態によって市場環境の不可避的な変化が進んでいる中で、これまで自社がやってきたことだけにしがみつくことは、本当に生き残りの道なのでしょうか。コロナによる社会変化をビジネスチャンスとして受け止め、本業の革新や新規の事業を思い切って打ち出すことを同時に考えることで、新しい発想を産み、生き残り成長を続ける機会を増やしていくことができます。

コロナ禍を通して、SDGsのような社会課題に対する世界中の人々の実感と共感は強まっており、SDGs潮流を本質的な実践と変化の段階へと進める大きなチャンスが訪れています。企業は社会課題の解決が自社にとって膨大な事業機会であるとともに耐え難いリスクであることを認識し、市場全体での持続可能な社会の共創と、アフターコロナ・withコロナという時代の変化に適応すべく自社の本業の革新を進めていくことが重要です。