SDGsとは持続不可能になってしまった世界を、持続可能にするための世界と人類の挑戦です。つまり、今までの延長線上での想定された変化だけでは、達成できない目標です。 では、どうすれば慣行軌道を変えることができるのでしょうか? l現状を起点に改善を考えているだけでは、慣行軌道を変えることはできません。

現状ではなく、未来のあるべき姿に関する目的や構想を先に考え、そこに向かうためのプロセスから、次の一歩を考えることが必要になります。 lこうした未来から逆算して考える方法をバックキャスティングといいます。

SDGsの実践とは、SDGsから未来のあるべき姿を考え、バックキャスティングで自社の慣行軌道にない付加的な変化を産み出すこと、すなわち、企業にとってはイノベーションを興すことを意味しています。

バックキャスティングとは何か

バックキャスティング(Back(後)・Casting(予測))とは、「次に何をすべきか」を考える際に、現在ではなく未来を起点に考えることです。例えば、持続可能な世界という「未来」のイメージが先にあり、そのために「現在」どんな課題を解決すべきかを考えるSDGsは、未来から現在という方向で後ろに向かって次の一歩を予測するため、バックキャスティングの典型例といえます。

一方、ESG評価は、評価基準・指標を自社の現在の活動と照らし合わせることから始まります。つまり、自社の活動が社会や環境に対して与えている影響といった「現在」が起点となり、それらをどう改善するかという「未来」の目標を考えています。これは現在から未来という方向で前に向かって次にすべきことを予測するため、フォアキャスティング(Fore(前)・Casting(予測))と呼ばれます。

通常、企業の目標の立て方は、フォアキャスティングである場合がほとんどです。そのため、バックキャスティングは多くのビジネスパーソンにとってなじみの薄い考え方といえます。そんな頼りない考え方で計画を立ててしまってよいのかと、不安に感じることもあるかと思います。しかし、SDGsに取り組む際やイノベーションを目指す際には不可欠な考え方になります。

ステップ1:構想を描く

バックキャスティングで考えるには、まず目指すべき未来の姿、すなわち構想を自分で描くことが必要です。SDGsの潮流が引き起こす変化の結果として、「結局どんな世界が訪れるのか」、あるいは「どんな未来を創りたいか」を考えてみてください。

SDGsの示す未来予想図は、17ゴールの全てが達成された持続可能な世界です。原文の中には次の図のような構想が描かれています。17ゴール169ターゲットはこれらを達成するための要素という位置づけになっています。

1 全ての人が健康で豊かな人生を楽しむ自由な世界

全ての人が恐怖と暴力から自由で、読み書きができ、質の高い教育、医療サービスおよび社会保護が受けられ、身体的、精神的、社会的な福祉が保障され、安全な飲料水と衛生的で栄養のある食料が確保でき、安全な住居があり、安価で持続可能なエネルギーにアクセスできる世界。

2 全ての人が大切に扱われ、平等な機会が与えられる世界

全ての人が、人種、民族および文化的多様性を尊重され、平等な機会が与えられ、貧困、
暴力、搾取から解放され、ジェンダー平等を確保し、最も脆弱な人々のニーズが満たされる、公正で、平等で、寛容で、開かれた世界。

3 全ての人が持続可能な経済成長の中で働きがいのある仕事を持てる世界

消費と生産パターンおよび空気、土地、河川、湖、海洋などの天然資源利用が持続可能
で、経済成長、社会開発および環境保護を含めた持続可能な開発のための民主主義、良
い統治および法の支配が確保され、技術開発とその応用が気候変動を配慮し、人類が自
然と調和し、野生動植物その他の種が保護される世界。

SDGsの描くこうした持続可能な世界の構想やその要素としての17ゴールと169ターゲットを自社の経営理念や方針と照らし合わせ、つくりたい世界の姿をイメージします。

ステップ2:逆算して考える

SDGsを前提に考えたつくりたい未来が想像できたら、今度は、その中で具体的にどのような変化が起きるかということを17ゴールごとに考えていきます。

例えば、ゴール1の貧困がなくなるということは、現在貧しくて市場の取引に参加できない7億人が、全員お金を持って売買に参加することを意味します。そのうちの一定数はあなたの会社の直接的、間接的な顧客や取引先になる可能性もあります。他にも銀行口座や携帯電話の利用者の数が増える、社会保障費の多くが不要になるなど、さまざまな変化が想定できます。それ以外のゴールについても同様に、具体的な変化を無数に思い浮かべることができます。

ステップ3:次の一歩を決める

こうしたSDGsの目指す持続可能な社会へと向かう具体的な変化は、企業にとってはチャンスでもあり、リスクでもあります。例えば、現在最も変化の激しいゴール12および13の循環型経済の構築と気候変動対策について、ガソリン車が主力の日本の自動車産業で考えてみましょう。上の表にあるような「サーキュラ&シェアリングエコノミー(資源循環型で1つのものを多くの人で共有する社会)」の未来が来た場合、全くの新車販売の需要が激減することになります。

また、「再生可能エネルギー100%の電動社会」となればガソリンエンジンで走る現在の主力商品は生産も販売もできなくなります。その代わりに欧州や中国などが技術の比較優位を持つ電気自動車や水素自動車を扱う企業が台頭し、グローバル市場での力関係が逆転してしまいます。

これは、自動車メーカーだけの話ではありません。電気自動車の動力であるモーターと、ガソリン車の動力であるエンジンとは待った全く異なる技術です。そのため、エンジンを始めとしたガソリン車の部品を扱う下請け会社は製品が売れなくなるだけでなく、長年かけて築いてきた市場での競争優位性を失います。自動車産業の下請けは仕事の激減が予想されます。

こうした状況を踏まえると、自社の製品をガソリン車から電気自動車や燃料電池車へと切り替えていくことや、同じガソリン車をつくるにしても、取引先を含む環境基準を厳格化してより環境性能の高い製品にするといった自社にとっての次の一歩が見えてきます。

テスラ・モーターズ社の事例

バックキャスティングの発想でビジネスを仕掛け、急成長を続けている企業としては、テスラ・モーターズ社が有名です。イーロン・マスク氏が一代で創業した同社は、2020年7月、自動車の生産台数では30倍以上となるトヨタ自動車を時価総額で超え、世界一になりました。

この要因は、マスク氏が持続可能な社会に向けたこれから起きる変化を予知する能力に優れ、多くの人々が創りたいと考える未来の世界の中で必要とされる電気自動車、宇宙開発、情報通信といった次世代型の技術と、それらを使った製品を次々と産み出していることにあります。これにより「テスラこそ次に訪れる持続可能な世界の中で存在意義の高い理想の会社である」という消費者や投資家の期待を確保し続け、社会課題解決に向けた世界中の共感や資金を一手に引きつけているのです。

これほど大きなスケールで未来を思い描くのは難しいかもしれません。しかし、上記で解説したように、SDGsを前提としてつくりたい未来を描くことで具体的な変化を予測し、それがもたらす自社へのリスクとチャンスから次の一歩を決めることは、どんな企業でも行うことができます。