企業でSDGsやサステナビリティへの取り組みに関わっている方は、よく「バックキャスティング」という言葉を耳にすると思います。「SDGsといえばバックキャスティング」といってもよいほどセットで使われることの多い言葉ですが、実際のところ意味はあまりきちんと理解されていないことが多くあります。バックキャスティングとは一体何なのでしょうか、そして、どうやって行ったらよいのでしょうか。
バックキャスティングとは何か
バックキャスティングは計画立案の際に使われる言葉です。一般的に人や組織が計画を立てようとするときには、過去何をしてきたか、そして現在どんな状況にあるか、したがって未来は何をすべきか、という「過去→現在→未来」の時系列的な発想をします。これは時系列の前に向かって次に何をすべきかを考えているため、「フォアキャスティング(Fore(前)・Casting(予測)」と呼ばれます。通常、企業の目標の立て方は、フォアキャスティングである場合がほとんどです。
例えば、ESG評価は、評価基準を自社の現在の活動と照らし合わせることから始まります。つまり、自社の活動が社会や環境に対して与えている影響といった「現在」が起点となり、それらをどう改善するかという「未来」の目標を考えているので、フォアキャスティングです。
これに対し、バックキャスティング(Back(後)・Casting(予測))とは、「次に何をすべきか」を考える際に、現在ではなく未来を起点に考えることを意味します。例えば、大学での専攻を選ぶ際、「今まで理系だったから理系(過去)」、「算数が苦手だから文系(現在)」といった理由で決めるならフォアキャスティングです。「将来プログラマーになりたいから理系(未来)」、「卒業までに司法試験に合格したいから文系(未来)」といった理由で決めるならバックキャスティングです。
SDGsとは、持続不可能になってしまった世界を、持続可能にするための世界と人類の挑戦です。つまり、今までの延長線上での想定された変化だけでは、達成できません。現状ではなく、未来のあるべき姿に関する目的や構想を先に考え、そこに向かうためのプロセスから、次の一歩を考える必要があります。
持続可能な世界という「未来」のイメージが先にあり、そのために「現在」どんな課題を解決すべきかを考えるSDGsは、未来から現在という方向で後ろに向かって次の一歩を予測するため、バックキャスティングの典型例といえます。
どうやって行うのか?
ステップ1:構想を描く
バックキャスティングで考えるには、まず目指すべき未来の姿、すなわち構想を自分で描くことが必要です。SDGsの潮流が引き起こす変化の結果として、「結局どんな世界が訪れるのか」、あるいは「どんな未来を創りたいか」を考えてみてください。
SDGsの示す未来予想図は、17ゴールの全てが達成された持続可能な世界です。原文の中には次の図のような構想が描かれています。17ゴール169ターゲットはこれらを達成するための要素という位置づけになっています。
1 全ての人が健康で豊かな人生を楽しむ自由な世界
全ての人が恐怖と暴力から自由で、読み書きができ、質の高い教育、医療サービスおよび社会保護が受けられ、身体的、精神的、社会的な福祉が保障され、安全な飲料水と衛生的で栄養のある食料が確保でき、安全な住居があり、安価で持続可能なエネルギーにアクセスできる世界。
2 全ての人が大切に扱われ、平等な機会が与えられる世界
全ての人が、人種、民族および文化的多様性を尊重され、平等な機会が与えられ、貧困、
暴力、搾取から解放され、ジェンダー平等を確保し、最も脆弱な人々のニーズが満たされる、公正で、平等で、寛容で、開かれた世界。
3 全ての人が持続可能な経済成長の中で働きがいのある仕事を持てる世界
消費と生産パターンおよび空気、土地、河川、湖、海洋などの天然資源利用が持続可能
で、経済成長、社会開発および環境保護を含めた持続可能な開発のための民主主義、良
い統治および法の支配が確保され、技術開発とその応用が気候変動を配慮し、人類が自
然と調和し、野生動植物その他の種が保護される世界。
SDGsの描くこうした持続可能な世界の構想やその要素としての17ゴールと169ターゲットを自社の経営理念や方針と照らし合わせ、つくりたい世界の姿をイメージします。
ステップ2:具体的な変化をイメージする
SDGsを前提に考えたつくりたい未来が想像できたら、今度は、その中で具体的にどのような変化が起きるかということを17ゴールごとに考えていきます。
例えば、ゴール1の貧困がなくなるということは、現在貧しくて市場の取引に参加できない7億人が、全員お金を持って売買に参加することを意味します。そのうちの一定数はあなたの会社の直接的、間接的な顧客や取引先になる可能性もあります。他にも銀行口座や携帯電話の利用者の数が増える、社会保障費の多くが不要になるなど、さまざまな変化が想定できます。それ以外のゴールについても同様に、具体的な変化を無数に思い浮かべることができます。
ステップ3:逆算して次の一歩を決める
こうしたSDGsの目指す持続可能な社会へと向かう具体的な変化は、企業にとってはチャンスでもあり、リスクでもあります。例えば、現在最も変化の激しいゴール12および13の循環型経済の構築と気候変動対策について、ガソリン車が主力の日本の自動車産業で考えてみましょう。上の表にあるような「サーキュラ&シェアリングエコノミー(資源循環型で1つのものを多くの人で共有する社会)」の未来が来た場合、全くの新車販売の需要が激減することになります。
また、「再生可能エネルギー100%の電動社会」となればガソリンエンジンで走る現在の主力商品は生産も販売もできなくなります。その代わりに欧州や中国などが技術の比較優位を持つ電気自動車や水素自動車を扱う企業が台頭し、グローバル市場での力関係が逆転してしまいます。
これは、自動車メーカーだけの話ではありません。電気自動車の動力であるモーターと、ガソリン車の動力であるエンジンとは待った全く異なる技術です。そのため、エンジンを始めとしたガソリン車の部品を扱う下請け会社は製品が売れなくなるだけでなく、長年かけて築いてきた市場での競争優位性を失います。自動車産業の下請けは仕事の激減が予想されます。
こうした状況を踏まえると、自社の製品をガソリン車から電気自動車や燃料電池車へと切り替えていくことや、同じガソリン車をつくるにしても、取引先を含む環境基準を厳格化してより環境性能の高い製品にするといった自社にとっての次の一歩が見えてきます。