2021年3月にミネラルウォーターのエビアンやヨーグルト製品で有名なフランス企業ダノンの会長兼最高経営責任者(CEO)のエマニュエル・ファベール氏が取締役会で解任されました。主な解任理由は、競合のネスレやユニリーバと比べ、ダノンの業績が見劣りしたため、と言われています。
この解任は、フリードマンの言う「企業の社会的責任は利益を増やすことである」という株主資本主義が、ステークホルダー資本主義に打ち勝ったということなのでしょうか。
上場企業として初の「使命を果たす会社」に
ダノンは、1972年に「デュアルプロジェクト」という考え方を提唱し、社会と共存しながら経済的成長を追求する理念を掲げてビジネスを行ってきました。2005年に「より多くの人々に食を通じて健康をお届けする」というパーパスを、2017年には「One Planet. One Health」という行動指針を発表し、持続可能な価値を創造することに努めてきました。また、2020年6月には年次株主総会で99%以上の支持を得て上場企業初となる「Entreprise à Mission(使命を果たす会社)」となりました。
「使命を果たす会社」は、2019年にフランスの会社法で新たに設立が認められた会社の一形態であり、以下の要件を満たすことが必要とされています。
- 目的(raison d’être:レゾンデートル)を定め、それを定款に記載する
- その目的に沿った社会・環境面における目標を定款に盛り込む
- ミッション委員会を設置し、目的達成に向けた進捗を監視する
- ミッションが遂行されていることを確認するために、独立した第三者を任命する
ダノンは、これを受けてSDGsと整合する4つの目標を設定しました。
- 人々の健康に良い影響を及ぼすこと
- 地球の資源を保護・再生すること
- 社員が仕事を通じてより良い未来を構築できるようエンパワーすること
- 全ての人を含めた包括的な成長を実現すること
「使命を果たす会社」では,取締役は株主の金銭的利益を追求するだけでなく、定款で定められた会社の存在意義と社会・環境面の目的を遂行する義務も発生するという意味で企業の在り方として画期的な一歩と言えます。
取締役会によるCEOの解任
しかし、株主利益の追求が全てではない「使命を果たす会社」になることを99%の株主が支持した5か月後の2021年11月、コロナ禍による業績不振を理由にアクティビスト(もの言う株主)からCEO解任を求めるレターが送られてきます。そして、2022年3月に取締役会は株主の金銭的利益の追求が不十分としてCEOを解任します。
実際、2020年世界がコロナ禍にあった年、ダノンの株価は27%下落した同時期にネスレは2%下落、ユニリーバは1%上昇という結果になっており、業績不振が目立っています。
実際に起こっていたことは社内政治?
しかし、ファベール氏によると、業績の低迷は取って付けた都合の良い理由に過ぎず、解任の本当の理由は取締役会内における業績回復策における意見の対立、つまり社内政治があった為ということです。
実は、株価低迷の状況を受けて、ファベール元会長はLocal firstという世界の各地域がより自律的に戦略構築・実行を行うため2千人のリストラ計画を2020年11月に発表していました。これに対して取締役会は特にフランス本社の権限の縮小や人員減に反対しており、取締役会と株価を高めたい「もの言う投資家」の利害が一致したと、ファベール氏は後のインタビューで語っています。
株主資本主義からステークホルダー資本主義への転換期
真偽の程は本人達のみぞ知るということですが、この事象から言えることは、現在、株主資本主義とステークホルダー資本主義は転換期にあるため、双方の考え方の対立が起きており、その対立が社内政治など様々な駆け引きの道具として使われていると言えます。
それは上から見ると右に左に行ったり来たりしているようにしか見えないかもしれません。しかし、それは横から見れば少しずつスパイラルアップをしており、大きな意味でビジネスの在り方そのものが進化している過程にあるとみることができます。
2021年12月にISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の会長に就任したファベール氏は、この解任劇を振り返りそこから得た教訓として、CEOは会社を変革させようとするとき、アクティビストのことを心配するよりも取締役会の支持を取り付けることが重要、と述べています。
こうしたドラマティックな事象が起きると、株主資本主義対ステークホルダー資本主義というような対立構造で捉えがちですが、一歩引いて大きな進化の流れという大局観を持ちながら、目の前のビジネスを通じて経済価値と社会価値の両立を一歩ずつ進めて行く姿勢が求められているのではないでしょうか。