サステナビリティ、SDGs、ESGによって世界的に大規模な社会と市場の変化が起きていると言われます。しかし、普段に目にするニュースや身の回りの変化のうち、何がそれに該当するのかは実感しにくいと思います。具体的に今どんなことが起きているのでしょうか。昨今、最も変化の激しいゴール11(気候変動)における自動車産業を例として紹介します。

地球規模課題を”体感”する時代

2020年7月、日本には台風が来ませんでした。これは、観測史上初のことです。代わりに、日本各地で規格外の豪雨により多くの被害が出ました。翌月の17日には、静岡県浜松市で国内史上最高気温(タイ)となる41.1度を観測しました。世界では同月に米国デスバレーで世界史上最高気温となる54.4度を観測、700万人が住むイラクのバグダッドでも51.8度となりました。

ここ数年、「史上初の」や「規格外の」といった言葉が天気予報で毎年飛び交っています。天候不順や異常気象もここまでくると、多くの人々の脳裏に「気候変動」という言葉が浮かんでいるのではないでしょうか。南極の氷山が溶け落ちている映像もニュースなどで繰り返し流されています。環境省によると、熱中症患者の数や南方系種子の増加など、私たちの実感は統計の動きとも一致しています。

地球規模課題を直に感じる機会はそうはありません。フロンガスによるオゾンホールの問題が議論されたとき、オゾン層破壊について直接感じた人はどれだけいたでしょうか。現在、オゾン層は復活の方向に向かっています。オゾンホールが観測できるのは南極など一部の地域であり、日本にいては直接体感することはできませんでした。

こうした体感としての人々の共感や危機感の広がりは、SDGsを推進する上での原動力となっており、SDGsやパリ協定といった社会変革を積み上げ、企業にとっては市場環境変化となる消費者、投資家、労働者、規制当局等の意識変化を促進しています。

自動車産業を巡る地殻変動

気候変動の原因は、何と言っても化石燃料を燃やすことで発生する二酸化炭素(CO2)が増えていることです。そして、最も多くの化石燃料を使っている自動車産業に焦点が当たっています。現在、世界全体でおよそ15億台の自動車が走っています。これらの動力源であるエンジンは、化石燃料であるガソリンが燃えることによって動いています。言うまでもなく、自動車産業は気候変動対策の一丁目一番地です。

これまでもエコカーなど、環境配慮は行われてきました。しかし、その中での論点は、「ガソリンの使用量をいかに減らすか」というレベルでした。各自動車メーカーは少ないガソリンで長く走れる燃費の良い車や、プリウスに代表される電気とハイブリッドで動く車の開発に力を入れてきました。しかし、こうした省エネ努力では、気候変動の進行を遅らせることはできても、止めることはできません。恒久的な解決策にするには、全くガソリンを使わない車が必要になります。そこで、充電で走る電気自動車(EV)や、水素で電気を作って走る水素カー(FCV)などが開発されてきました。少し前までは、自動車メーカーの環境に対する自助努力でしかなく、価格も高く販売台数も極めて少ない状態でした。

こうした状況に対し、SDGsやサステナビリティの両流の盛り上がりとともに、各国で政府主導の規制が動き出しました。まず、2017年にイギリスが2040年以降の国内におけるガソリン車販売禁止を打ち出し、フランス、オランダ、ノルウェーがこれに追随しました。EUの中で同様の動きが広がると、イギリスはその後、2035年、2030年と時期を前倒し、この動きを加速させていきました。

2020年9月には、SDGsやサステナビリティの動きに反対するトランプ政権と訴訟を含めて真っ向から対立する形で、米国カリフォルニア州のニューサム知事が2035年までに州内で販売される新車を全てゼロエミッション車にすると打ち出しました。欧州と違い、自動車大国である米国において、新車販売の11%(うち半分は日本車)を占める同州のガソリン車販売禁止は、この流れを世界全体の潮流として決定づけるインパクトがありました。

同年10月には中国も2035年までに自動車を全て環境車に変え、通常のガソリン車は全廃することを打ち出しました。なお、中国の場合は、半分をEVを中心とした新エネルギー車、残りの半分をハイブリッド車にする計画になっています。

世界最大級の自動車産業を持つ日本は当然この流れの中心にいます。10月26日に開かれた菅総理大臣による通常国会冒頭の所信表明演説にて、2050年までに温室効果ガスの排出ゼロ(カーボンニュートラル)による脱炭素社会の実現を目指すことが宣言されました。この日本の決断は世界全体として非常に注目されました。

新エネルギー車開発に流れ込む膨大なESG投資

株式市場においてもこうした政府の動きを促進する流れが加速しています。現在3,400兆円にまで膨張しているESG投資はなお伸び続けており、ESG投資の統計情報を持つグローバル・サステナブル・インベストメント・アライアンスによると、「持続可能」と銘打つ投資は世界の全運用資産の4分の1を超えるまでになりました。

そして、こうした巨額の投資資金はがガソリン車を前提とする既存の自動車メーカーではなく、EVやFCVの流れを加速してくれそうな新興メーカーに流れ込んでいます。その象徴な事件として、2020年7月1日にはテスラ・モーターの時価総額(2105億ドル・約22兆6000億円)が、生産量では30倍を超えるトヨタ自動車を越えて世界一になりました。

日本の自動車産業への影響とこれまでの反応

これらの状況は、当然のことながら米国に次ぐ世界最大の自動車産業を持つ日本にとっては大打撃です。自動車は3万点の部品から構成されており、2019年の帝国データバンクの調査では、トヨタ自動車1社、しかも第1・2次の取引先だけで日本国内で4万社あり、180万人が働いています。また、第1次の取引先には大型の上場企業もあり、例えばアイシン精機は約1万点の部品を提供していますが、そのうちの半分はエンジン関連です。ガソリン車がなくなれば人も技術も生産設備も丸ごと不要になります。同じく大型の取引先である、デンソーでは33%、豊田合成では15%がエンジン関連の部品です。EV車はガソリン車に比べてもともと部品の数が4割少なく、エンジンで約7千点、駆動、伝達、操縦で約2千点が要らなくなります。

日本の自動車産業からは、「ハイブリッド車をガソリン車に含めるのはおかしいのではないか」、「自動車産業を持たない欧州が勝手に進めている恣意的なグローバル・スタンダードだ」、「EV車の蓄電池製造にはガソリン車のエンジン製造の倍の電力が必要になる」といった反論も聞こえてきます。しかし、国際的な潮流の前に支持が広がっていません。菅総理の所信表明演説の直後、トヨタ自動車はEV化の規制に突き進む政府を「自動車産業のビジネスモデルが崩壊してしまう」と痛烈に批判する一方、2025年に同社の世界販売の半数にあたる550万台以上をEVなど電動車とする方針を打ち出しました。

これからの行く末

こうしたSDGsやサステナビリティの潮流を前に、今までと同じやり方を続けていくのは大げさではなく企業にとってリスクそのものです。新しいイノベーションを興すために積極的に社会課題解決の視点を持ち、世界の潮流を先回りしていくことが企業にとって生き残り成長を続けるための合理的な戦略になっています。

そのためには、本講座で解説してきた通り、規制環境やESG投資などSDGsやサステナビリティの視点で評価を受けて改善を図り、日本における水素社会の実現など持続可能な世界に対する具体的な構想をバックキャスティングで描き、そこへ至る道を自社の製品やサービスで示すことで、収益と経済価値を両立させる共通価値を産み出していくことが必要です。

また、自動車産業は今、CASE(Connected・コネクテッド、Autonomous・自動運転、Shared & Service・シェアリング、Electric・電動化)と呼ばれる気候変動対策を含む複合的なイノベーションの波にさらされています。テスラやAppleはEV車をIoT(Internet of Things・あらゆるものをインターネットと繋げる)化の一環とみており、車はiPhoneのように消費者に移動その他のコンテンツを提供するためのデバイスでしかありません。EV車が主流化しようとしているのは、単にCO2を発生させないからではなく、iPhoneと同類のデバイスであれば車の動力は電気でなければならないからです。

SDGsやサステナビリティを含めた急速な変化の中で、今までの競合とは全く異なる考え方で競争を仕掛けてくる資金力の豊富な新興勢力に対し、既存の自動車産業が対抗するには、SDGsやサステナビリティを起点とした新規事業創出やイノベーションの創出に果敢に取り組んでいくことが不可欠です。

他の産業への広がり

自動車産業はEV化へと向かっていますが、そもそも充電するために必要な電気がCO2を発生させる火力発電では意味がありません。そこで、気候変動対策の流れは、自動車産業だけでなく、再生可能エネルギーによる発電にも及んでいます。太陽光や風力などの新エネルギーに投資が集まっているだけではなく、そうした再生可能なエネルギーを法人と個人が簡単に取引できるような仕組みやサービスも次々に産まれてきています。

さらには、化石燃料から石油を精製する過程で出てくるプラスチックが社会的に必要な素材であり続ける限り、石油精製は止まりません。そこで、日本のレジ袋有料化のようにプラスチックを規制する動きも急速に進んでいます。

個人や消費者の立場で見たときに別々に見えるこうした変化は、気候変動という1つのSDGsゴールにおけるつながったものです。企業はSDGsやサステナビリティの潮流を良く理解することで、こうした繋がりを見る目を養い、先が見通す力を強化できます。そして、自社の成長と生き残りの根幹に関わる重要な意思決定や行動の質を高めていくことができます。