SDGsによる産業創出・新規事業創出・イノベーション創出の優良事例
SDGsが始まる以前から、企業による社会課題解決の取り組みは存在しました。そうした古くからの取り組みに対しては、2016年から始まったSDGsの潮流は、追い風を与えているにすぎません。
SDGsビジネスの優良事例というと、SDGsの時代になってから産まれたものに焦点があたりがちです。しかし、実際にはそれ以前からの長い取り組みの中で、今からSDGsに取り組もうとする企業が目指すべき優良事例が数多くあります。
その中でとっておきのもの、SDGs以前の時代も含めた社会課題解決において企業が興した過去最大のイノベーションというのは何でしょうか?
その一つの答えは、間違いなくグラミン・ファミリーといえます。
第1のイノベーション:グラミン銀行
グラミン・ファミリーは、1983年に当時チッタゴン大学で経済学を教えていたムハンマド・ユヌス教授がグラミン銀行を立ち上げ、マイクロクレジットという新しい産業を興したところから始まります。
マイクロクレジットとは、低金利・無担保の融資を、通常の金融機関が相手にしてくれないような信用の低い貧困層に対して貸し出すというものです。グラミン銀行は、貧困層を5人一組のグループにし、アドバイスをしながら小売りや農業などの小さなビジネスを起業させ、その事業の収益から返済を受けるという全く新しいビジネスモデルを構想し、資産も技術も持たない貧困層(多くは貧困女性)の起業家魂を引き出し、返済率98%という驚異の成果を実現しました。
後に多くの金融機関がこれを真似し、世界銀行をはじめとする国際開発援助機関も貧困削減の手段としてこれを活用し始めたことから、事業はバングラデシュのみならず世界全体に広がり、世界全体で8兆円を超える規模のマイクロファイナンスという一大産業に成長しました。
第2のイノベーション:グラミンフォン
しかし、グラミンの進撃はこれだけでは留まりません。次にムハンマド・ユヌス氏が始めたのは、グラミンフォンという新しい事業でした。
その仕組みは次のようなものです。まず、村に電話のない貧困女性がグラミン銀行からお金を借りて、グラミンフォンという会社から携帯電話を購入します。その貧困女性は「村の公衆電話」役を担い、携帯電話を村人に貸し出し、使うごとに使用料・通話料を徴収します。そこで徴収した料金から携帯電話代を返済していくというモデルです。
これにより5人1組になることも、起業の内容を考える必要もなくなりました。更に貧困の村に電話という新たなインフラが導入され、農作物の売買や他地域との交通等の利便性が飛躍的に向上しました。今では、この携帯電話網は政府やNGOが医療や教育などの情報を村に届けるツールとしても活用されています。グラミンフォンはマイクロクレジットのビジネスモデルをより容易にするとともに、貧困削減効果を高める驚異的なイノベーションでした。
第3のイノベーション:グラミン・ファミリー
ここでもユヌス教授は手を緩めません。次には、グラミンフォンのようなマイクロクレジットと相乗効果のある事業を次々に産み出していきました。ここで全てを紹介するには紙面が足りませんが、ざっと以下のような子会社と事業を立ち上げていき、グラミン・ファミリーというホールディングス体制を創り上げていきました。
- グラミン銀行
- グラミン・トラスト
- グラミン・クリシ(農業)財団
- グラミン・ウドーグ(企業)
- グラミン・ファンド
- グラミン・モーショー・オー・バシューサムパッド(漁業と畜産)財団
- グラミン・テレコム
- グラミン・シャモグリー(製品)
- グラミン・サイバーネット
- グラミン・シャクティ(エネルギー)
- グラミン・フォン
- グラミン・カルヤン(福祉)
- グラミン・シッカ(教育)
- グラミン・コミュニケーションズ
- グラミン・ソリューションズ・リミテッド
- グラミンITパーク
- グラミン・バイボサ・ビカーシュ
- グラミン情報ハイウェイ会社
- グラミン・スター・エデュケーション
- グラミン・ビテック
- グラミン・ヘルスケア・トラスト
- グラミン・ヘルスケア・サービス
さらに、自社のみの活動に飽き足らず、バングラデシュにおける社会貢献活動でシナジー効果を興せる大企業との連携を進めてきました。
- グラミン・ダノン・フーズ
- グラミン・ユニクロ
このイノベーションに次ぐイノベーションが世界的に認められ、ムハンマド・ユヌス教授は2006年にノーベル平和賞を授与されました。また、ユヌス教授はこれらの成果をまとめてソーシャル・ビジネスという概念を産み出し、世に広めました。
ユヌス教授は御年79歳(2019年現在)のご高齢となりましたが、まだまだ元気に現役で活躍しておられます。Twitterアカウントもお持ちで、精力的に発信を続けています。
今からSDGsに取り組む企業には、このグラミン・ファミリー並みのイノベーションを興すことが世界中から期待されています。それが、本物のSDGsビジネスの優良事例と言えるかと思います。
ユヌス教授は一番最初は手持ちの3万円からマイクロクレジットを「試しにやってみた」ところから全てが始まったそうです。SDGs達成に向けて、次のムハンマド・ユヌスを目指してみてはいかがでしょうか。