「SDGsについて最も先進的な取り組みを行っている企業はどこか?」という疑問は、SDGsに取り組む企業の担当者であれば一度は必ず持つのではないかと思います。

これに対する答えは、基準どこに置くかにより異なりますが、自信を持って挙げられる企業の一つにNestle(ネスレ)があります。

ネスレは、日本ではKit Kat(キットカット)でおなじみのスイスの食品会社です。世界では乳幼児食品、衣料用食品、ボトルウォーター、朝食用シリアル、コーヒー・紅茶類、アイスクリーム、冷凍食品、ペットフード、菓子類など、実に多様な製品を販売しています。キットカットの他にも、Nespresso(ネスプレッソ)、 Nescafe(ネスカフェ)など29の製品が売上規模で年間1千億円を超えており、189か国で447工場を運営し、34万人近くの従業員を抱える名実ともに世界一の食品会社です。

創業者のアンリ・ネスレは単なる儲けよりも人間の幸せを追求する姿勢の持ち主で、1866年の創業当初より企業理念として社会価値の追求を打ち出していました。例えば、基幹商品の一つだった乳幼児シリアルは、当時の高い乳幼児死亡率に対して子どもたちの声明を助ける製品を模索する中で産まれました。

同社は、CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)という言葉が産まれる前から企業の社会的責任を意識した経営を行ってきており、1990年代以降、CSRが普及し始めると、今度は既存のCSRの限界を指摘し、実践によりその先を切り拓いてきました。

現在は、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が提唱するCSV(Creating Shred Value:共通価値創造)のトップランナーとして世界中で広く認知されています。

ネスレはSDGsやCSVの取り組みについて様々な先進的な面がありますが、特にベスト・プラクティスといえるのは、「 KPI(Key Performance Indicator:主要成果指標) による管理の徹底」です。

ネスレはビジネスを通した社会への貢献を、「全てのステークホルダーに対する価値の提供」と定義しています。そして、ステークホルダーを1)消費者、2)事業パートナー、3)競合他社、4)従業員、5)政府・地域社会、6)投資家と定義しています。また、それぞれのステークホルダーに対して与える経済価値、知識価値、社会価値を明確にし、KPI化しています。

こうしたKPIを重点分野(栄養、農業・地域開発と責任のある調達、水資源、環境、人材・人権・コンプラインアンス)の詳細な目標として掲げ、更に各分野において成果、責務及び行動のそれぞれの業務管理目標として落とし込んでいます

そして、こうした取り組みはコストをかけた慈善活動ではなく、自社の戦略の根幹をなす投資と位置付けられています。そのことは、同社の社内で使われている「ネスレ・プラス」という言葉に表れています。ネスレ・プラスとは、CSVのKPI管理に特徴的にみられるような「定性的なアプローチをとるリーダーシップスタイルや人事方針、労使関係といった無形価値」のことです。

現会長兼CEOのピーター・ブラベック・レッツマット(Peter Brabeck-Letmathe)氏は、ネスレの最大の競争優位とは、市場における地位でも財務状態でもなく、目に見えず模倣もできないネスレ・プラスと言っています。損益勘定でも貸借対照表科目でもなく、ネスレでしばらく働いていると感じられる無形財産とのことです。

ネスレはSDGsが始まる遥か以前から持続可能な世界を創るビジネスの先駆者であり、SDGsの分野でも先頭を走り続けてきた企業です。企業によるSDGs実践の文脈では、特に、SDGsを使って自社の経営・組織力を強化するという観点で、独自の取り組みにより、目覚ましい成果を挙げている最先端事例と言えます。