ここまで解説してきた通り、企業のSDGs実践の際にまず気を付けなければいけないのは、”SDGsウォッシュ”的な取り組みになってしまうことです。

SDGsの持つ力の源泉である世界の人々の共感の広がりやそれによる社会構造化を理解することなく、表面的な市場環境変化に合わせて顧客や株主などの外部からの見た目だけを気にするような企業のSDGsへの取り組み方は、自社的にもデメリットしかありませんが、社会的にもほとんど価値がありません。

それでは、社会価値の観点で本当に質の高いSDGs実践とは、どのようなものなのでしょうか?

SDGsの取り組みを評価する2つのキーワード

分かりやすいキーワードで整理すると、企業による良いSDGsへの取り組みは、次の2つの軸で評価することができます。

Sustainable:持続可能か?

Development:変化があるか?

①Sustainable:持続可能か?

まずSustainableについてですが、これは「自社にとって持続可能な活動であるか」ということを意味します。

SDGsはCSRのように企業にとって本業の横でコストをかけて実施するものではなく、本業そのもので取り組み、社会的インパクトと共に本業の収益性や成長性をも高めていくことを前提としています。

SDGsの基本理念は、企業が本業を行うことにより社会に迷惑をかけてしまうことに対する責任や保障的な意味合いを含むCSRよりも、利益優先型資本主義に代わって企業が本業を追求すればするほど社会も良くなっていくような新しい社会システムを標榜するCSV(Creating Shared Value:共有価値創造)に近いものです。

そのため、最低でも損益分岐点を超えるようなビジネス活動として取り組むことが前提になります。そうでなければ、結局は企業のSDGsへの取り組みは予算次第ということになり、長期的な社会的インパクトの創出も困難になります。

例えばトヨタ自動車は「森をつくる」というCSR活動を行っています。これ自体も企業の活動として社会を意識した素晴らしいものです。しかし、大きな予算をかけて収益ゼロの慈善事業として実施しているCSR活動よりも、未来のエネルギーと地球温暖化問題の根底を覆すような燃料電池車の開発・販売の方がSDGsという観点からはより社会的インパクトの大きな活動ということになります。

②Development:変化があるか?

企業によるSDGsの取り組み事例は数多くあり、本ウェブサイトの先進事例のページから何百という事例を参照することができます。日本企業の製品・サービスによる取り組みのみですが、経団連のサイトが初見の方には分かりやすいと思います。

この事例の全てが、それぞれの「自社の取り組みによる変化」を紹介しています。ぱっと眺めただけでは、どれも素晴らしい取り組みという印象を持つと思います。しかしながら、「SDGsの取り組みとしてより価値が高いものはどれか?」という視点で考えると、それらの主張している「変化」の性質は同じではないことが分かります。

主には次の3つの鍵となる要素に着目することが重要です。

1 慣行軌道上の未来を変えているか?

自社の取り組みによる変化という時の「変化」には、2種類あります。一つは、現在と未来の差分、もう一つは、慣行軌道上の未来と人々や組織の意思と活動で創り出す未来との差分です。

例えば、2015年時点で世界人口の約10%(約7.4億人)が極度の貧困下にあり、現在の見通しでは2030年までに約6%にまで減少するとされています。この10%→6%という変化(4%の差分)が現在と未来の差分です。

ここで言う「未来」とは、慣行軌道上の未来です。実際は、SDGsは2030年に貧困の撲滅を目指しています。つまり、SDGsは慣行軌道上の未来を変え、新しい未来を創造しようとしています。それは、6%→0%という変化です。すなわち、慣行軌道上の未来と人々や組織の意思と活動で創り出す未来との差分は6%ということになります。

現在と未来との差分も人類の努力の結果もたらされるものですので、その取り組みにも価値はあります。しかし、より価値が高いのは慣行軌道を変える取り組みを行う後者といえます。

これは、個々の企業の取り組みにも同じことが言えます。例えば、SDGsゴール13の気候変動対策におけるトヨタ自動車の取り組みでは、ガソリン燃料を前提としたハイブリッドカーの効率性改善は慣行軌道上の未来です。世界的なエコカーブームで省エネやハイブリッド化が進展していくのは市場競争上の自然の流れであり、企業の収益向上にもつながります。SDGsがあってもなくてもトヨタは一生懸命取り組むことが予想されます。

他方で、そもそもガソリンを使わず温室効果ガスも発生させない燃料電池車を開発・実用化し、販売するというのは慣行軌道上の未来を大きく変える取り組みと言えます。自社のみならず、トヨタ自動車がその方向に舵を切ったことにより、自動車産業全体や世界中の消費者の慣行行動を変え、未来を変えていくことになります。SDGsの取り組みとして、ハイブリッドカーの開発も価値はありますが、よりインパクトが大きいのは慣行軌道上の未来を大きく変える燃料電池車といえます。

2 重要な争点(イシュー)を突いているか?

取り組んでいる課題がイシューかそうでないか、ということは企業のSDGsの取り組みが実際に起こしている「変化」の量を大きく左右します。例えば、ゴール13の気候変動対策という課題において、将来の車社会の燃料が引き続き化石燃料主体になるのか、水素や太陽光などの別のエネルギーになるのか、という論点は、決定的に重要であり、これは確実にイシューといえます。

一方で、単にガソリンの消費量を少なくする省エネ技術を少しずつ高めていくというのは、重要な論点ではありますが、上記と比較すると気候変動対策への解決策としてのインパクトは小さくなります。取り組みとして重要でないということではありませんが、より社会的価値が高いのはどちらかということを考える際には、イシューを捉えている方といえます。

3 統合効果(Collective Impact)はどの程度か?

SDGsの取り組む貧困や環境などの課題は規模がとても大きく、あらゆる企業にとって、単独の取り組みで解決できるものはありません。官民の全てのアクターとの協力あるいは共創がなければ、社会的に大きな「変化」はつくれません。SDGsへの取り組みは、自社単独の自己満足的なものにせず、社会の統合活動の一部になっていることがインパクトを最大化する上で重要になります。

例えば、東日本大震災や大型台風が日本列島を襲った際、多くの人々や組織がテレビやスマホ等で逐次情報収集をしながら、直接的に人助けや復興の活動に乗り出す、ツイッターで注意喚起や情報拡散を行う、支援活動へ予算や寄付を投じる等々、それぞれの立場でできることを行っていました。その際には、津波や台風といった未曽有の課題に対し、「社会全体でなんとかしなければ」という空気がありました。

このような「社会が一つになる」、または「たくさんの人々の心がつながる」感覚が共感であり、SDGsでは同様の共感が世界中に広がっています。この共感の輪と一体となって各アクターが取り組んでいくことでSDGsの達成は現実味を帯びてきます。

このことは、ミレニアム開発目標(MDGs)の達成経緯が証明しています。2001年にMDGsが世界における貧困の半減をゴールとして掲げた際、本当にそれが達成できると考えた人はそれほど多くなかったはずです。しかし、MDGsは宣言通り、2015年までに1日1ドル未満で生活する人口の割合を1990年の水準の半数に減少させることに成功しました。ゴールを大きく超え、貧困人口を19億人(世界人口の36%)を8.4億人(12%)にまで削減しました。

こうした成果は、MDGsなしで各アクターがバラバラに取り組んでいたならば、不可能だったものです。課題を共有し、共感の輪の中で世界全体の統合的な活動として取り組むこと自体が、世界や人類の慣行軌道を変えていく大きな力になります。このことをMDGsの事例から世界が学び、その教訓の上でSDGsは成立しました。

「Sustainable」と「Development」という言葉を使って、SDGsへのより価値の高い取り組みとは何かについて解説しました。これからSDGs実践を考える企業にとっては、こうした視点で考えて始めてみると、価値の高い取り組みを作っていけるはずです。

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