SDGs導入の指南書に欠けている視点

SDGsに取り組むことを企業が決めた際、おそらく担当者が最初に参照する資料のおそらくトップ3に入るであろうものとして、国連グローバルコンパクトの発行している『SDGs Compass』というレポートがあります。

このレポートは、国連機関が発行しているSDGs関連の資料の中で、民間企業向けのSDGsビジネスに特化したものとしては最も早く発行されました。主に次のような理由で、多くの企業のSDGsの担当者から支持を得ています。

  • 民間企業を読者対象として書かれており、SDGsをビジネスで活用する方法論に焦点が置かれている
  • マニュアル、指南書、手順書のように具体的な作業プロセスを説明しており、企業の実務者が使いやすい
  • 国連の関係機関が出している公的なレポートであるため、意思決定の根拠として組織や上司の理解が得られやすい
  • 様々な補足レポートや関連レポートがあり、SDGsの企業への導入という観点では、唯一と言って良いある程度の体系的知見になっている
  • 日本語にも翻訳されていて読みやすい
  • ウェブサイトから無料で入手できる
  • 書かれているコンテンツに網羅性がある

SDGs Compass及び関連レポートは、企業がSDGsに取り組むための指南書として初期に発行された中では優れたものであり、様々な企業に実際に参照されることを通してSDGsの普及促進に大きな貢献を果たしてきたといえます。

他方で、同レポートの書かれたSDGs発効の間もない頃は、国連はSDGsのビジネスへの活用について過去の枠組みの中での経験しか持っていませんでした。その後、SDGsは発効後の数年で急速にビジネスセクターにおける位置づけが変化してきています。

そのため、その時点での視野と知見が反映されていることに注意が必要です。また、SDGsに実際に取り組んだ企業の教訓をもとに最適な活用法を研究したものではなく、国連としての望ましい姿を説明しているものであることも留意すべき点です。

SDGsコンパスに限りませんが、多くのSDGs実践の指南書に共通する難点は、企業側から見た「SDGsに取り組むことによるメリット」の発想が弱い点です。

SDGsコンパスの場合、全般的に国連側の視点で構成されており、ISOやCSR等と同様に企業が責任を果たしそれを外部広報することにより、基準のクリアや対外的なイメージ向上が主な企業側のメリットとなっています。

つまり、ISOやコンプライアンスなどと似た“コスト活動”的なニュアンスです。

しかし、単に他社よりもコストをかけてSDGs的に良い取り組みを行い、国連や政府に評価された企業を優良事例とするだけでは、問題意識がそこまでない多くの企業は取り組みたい気持ちにはなりません。

多くの企業が優良事例から知りたいのは、「国連にどれだけ褒められたか」ではなく、「その取り組みの成果としてどの程度企業の成長や競争力の強化につながったか」「一定のリソースをかけたSDGs導入からどんなリターンがあったのか」といったビジネス的な観点です

実際、海外の企業でCSV、サステナビリティ、CSR、BOP、インクルーシブビジネス、そして今はSDGsビジネスと言われる社会課題領域で真の企業価値向上を実現し、成長を続けている企業のSDGsの活用の仕方は、コスト活動ではなく、本業における明確なリターンを期待した戦略的な”投資活動”になっています。

“投資活動”としてのSDGs実践

SDGs実践を投資活動とみる考え方は、ハーバード大学のマイケル・ポーター教授による「CSV(Creating Shared Value」という理論に収斂されています。ネスレ、GE、Googleといった企業が取り入れていることで有名なビジネス戦略理論です。

CSVの理論は、企業は経済価値だけを追い求めてビジネスを考えるよりも、社会価値と経済価値を掛け合わせて考えた方が、イノベーションを興しやすくなるという仮説に基づいています。

社会価値も含めて総合的に市場を捉えることで、企業は長期的な競争優位性を産み出すことができるとともに、より大きな成長の達成や収益の確保が可能になるとされています。

また、経済価値だけを追い求める市場は既にどこも真っ赤なレッドオーシャンです。ブルーオーシャンを切り拓こうと思えば、SDGsのような世界が向かう方向に先回りし、まだ手付かずの社会課題という需要の種をビジネスに変えていく先駆者になることが必要です。

いずれに場合においても、CSVは企業にとって本業における”戦略”であり、明確なビジネス上の”リターン”を期待した”投資活動”です。コスト活動やチャリティ的な扱いにはありません。

CSVやSDGsへの取り組みが”投資活動”として捉えられにくい理由の一つは、経済的利益のみを追求するビジネスと比べて、リターンが分かりにくいという点です。

SDGsやCSVを企業にっての価値に変えていくという文脈では、相手が社会であれ、顧客であれ、価値を産み出し、与えたことに対するリターンは必ずあるという前提です。

ただし、ここで重要なことは、リターンは「お金」という形態をとるとは限らないという点です。収益として換金されなかった部分は、「信用」や「共感」という形で社会や市場の人々の中に残り、それはいつか換金の機会を得ることができるという考え方です。

これを単純化した公式にすると、以下のような形になります。

(産み出した)価値 = お金 + 信用・共感

このときの産み出した「価値」とは、社会価値と経済価値の総和意味します。経済価値だけを追い求めるよりも両方を狙った方が当然総和は大きくなります。

社会価値の多くはすぐに換金はできませんが、それらは自社や商品に対する信用・共感といった形で市場の中に残り、その後のビジネスの成功や発展を支える資産になります。

例えば、CSVを企業戦略の中核に据え、取り組みを進めているネスレが、将来のボリュームゾーンとなる途上国の中低所得層から得ている「熱狂的な支持」は、現在まだ換金されていない同社の莫大な資産と言えます。

更にネスレは、企業の成長力の源泉である「従業員のパフォーマンスを上げる効果」が絶大であるとも言っています。同社ではSDGsやCSVへ取り組むことによって組織が明るく強くなるプラスの効果について「ネスレプラス」と名付けられており、経営と組織における最大の競争優位として認識されています。