2019年現在、 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の調査によれば、上場企業におけるSDGsの認知度は96.7%に達し、日本全体でビジネスセクターへのSDGsの浸透は急速に進んでいる状況にあります。
しかし、この現象は良く考えてみると少し不思議な状況といえないでしょうか。
「このままでは世界が持続できない」という状況を国際社会が共有し、SDGsというイニシアチブを進めているのは分かります。しかし、なぜ民間企業もそれに積極的に協力しているのでしょうか?
変化の激しい国内外の市場の中で、企業は成長と生き残りとかけた競争に晒されています。SDGsが訴えている開発、環境、紛争等のイシューは以前からあったものであり、SDGsになってから民間企業の協力を求めたわけではありません。
現在、企業は明らかに経済的なメリットがあるからSDGsに協力しているのです。では、そのメリットとは何でしょうか?次にまとめてみました。
1 売上向上 ― 顧客への共感拡大
SDGsが企業にもたらす様々な恩恵の根幹には、SDGsが呼び起こす世界中の人々に対する共感があります。この「世界中の人々」の中には、当然、貴社の製品・サービスの消費者、すなわち顧客も含まれています。
SDGsを中心とした社会課題潮流の広がりに伴い、先進的な顧客は売買の前提として環境面や社会的な要素を重視する傾向が強まってきています。
また、顧客というのは消費者としての個人とは限らず、企業に勤める担当者や決裁者などの法人であることもあります。また、ビジネスというのは直接的な製品・サービスの販売だけでなく、生産から販売までの一連のプロセスを含むバリューチェーン全体を意味することもあります。
例えば、トヨタ自動車は持続可能な社会の実現のために2050 年に向けて何をしていくかを示した「トヨタ環境チャレンジ2050」を2015年に発表しました。そして、翌年にはそれを踏まえてサプライヤー向けの「TOYOTA グリーン調達ガイドライン」を改定し、環境の取組内容の拡充やライフサイクル全体での環境の負荷低減など、バリューチェーン全体での環境マネジメントの強化を打ち出しました。つまり、サプライヤー選定基準にサステナビリティの要素を導入したのです。
これが何を意味するのかと言えば、トヨタ自動車の取引相手として選ばれるには、単に良いものを安い値段で収めれば良いということだけではダメで、社会的価値の高い形で提供しなければならないということです。
例えば、車の部品の一つであるエンジンを納める際には、単に仕様に沿って品質が高く価格が安いだけでなく、そのエンジンを作り出すにあたって廃棄したごみの量、排出した二酸化炭素の量、使用した電力量や、従業員が活き活きと働いた結果としての成果であるかなどが問われるようになっているということです。
トヨタ自動車の取引相手に限らず、BtoBのビジネスであれば少数の大口顧客に売上のほとんどを支えられている企業も少なくありません。ある日突然、そのお得意様が、あなたの会社を含めた取引先の選定基準をトヨタ自動車のように変更したらどうなるでしょうか?
競合他社が着々とSDGs導入を進めている状況か、対応が遅ればいつのまにか優良顧客は離れていきます。
また、BtoCの場合も、昨今、多くの消費者は製品やサービスを購入する際、質とコストであまり差がなければ、より好きな方を選ぶ傾向が強まってきています。この「好き」の構成要素の中に「社会に良い影響を与えている」という気持ちがあり、これが昨今強まってきているとともに、そうした気持ちを強く持つ消費者の数が増えています。これは、実際にソーシャル・ビジネスを営んでいる人であれば、ほとんど全ての人が感じていると思います。
この社会に良い影響を与える製品・サービスであることによる顧客にとっての付加的な価値、すなわち”SDGsバリュー”、は商品価値あるいは顧客価値そのものであり、売上向上を考える上で、製品やサービスの品質や機能を考えることと同等の重要性を持っています。
2 事業拡大 ― 事業パートナーの共感拡大
顧客と同様に、先進的なパートナー事業者(企業、政府機関等)も取引の前提として環境面や社会的な要素を重視しています。
トヨタ自動車のような方針を打ち出している企業が、協業相手に社会課題解決を無視したような企業を選ぶでしょうか?そんなことをすれば、自身の方針やブランディングに傷をつけることになります。逆に、より社会価値が高いと評価されている企業とのパートナーシップは、相乗効果を発揮するものとしてより好まれるようになります。
競合他社がSDGs導入を進める中、対応が遅れると優良パートナーとのビジネスチャンスも減少していきます。
3 株価上昇 ― 投資家の共感拡大
顧客や事業パートナー以上に、昨今は投資家や株主の関心も社会課題に急激に向くようになってきており、株式市場では収益追求のみの企業には投資が集まらない環境が整いつつあります。これは近年、世界的に急激な盛り上がりを見せているESG(Environment, Social, Governance)投資の標準化に伴うものです。
ESG投資とは、財務的価値(この会社は将来的にどの程度稼ぐか)だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)という非財務価値を考慮した投資のことです。 株式市場において企業価値を決定する要素は重利は財務的価値のみだったため、革命的な変化と言えます。
2006年に当時の国連事務総長だったコフィ・アナン氏が提唱した責任投資原則(PRI:Principle for Responsible Investment) によって開始されました。このイニシアチブは、簡単に言えば、世界中の大金持ち(個人投資家)と金融機関(機関投資家)に対し、「私の持っているお金は社会に良いことをしている会社にしか使わせません」という誓約書を署名させるというものでした。この「社会に良いこと」が、具体的にESGの3つと定義されたことにより、ESG投資という名前がつきました。
国際NGOのOxfamの2019年の調査によると、世界の超富裕層26人の総資産は、世界人口の半分(約38億人)の総資産と同等とされています。また、現在、世界一の長者である米アマゾン・ドットコム創業者のジェフ・ベゾス氏の資産(約12兆2800億円)のたった1%は、人口1億500万人のエチオピアの保健医療予算全額に匹敵します。
つまり、国連事務総長が上位100人の大金持ちを説得してPRIを署名させてしまえば、世界のお金の流れの半分を変えることができるわけです。この強烈なレバレッジがPRIの持つもともとの威力でした。
ESG投資は海外では2000年代から少しずつ進んでいましたが、日本では、世界最大の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF) によるPRI署名を機に急速に盛り上がりました。
ESG投資の源流は1920年代に始まった社会的責任投資(SRI: Socially Responsible Investment)までさかのぼります。このときは社会的に望ましくない事業(酒、たばこ、武器などの生産や流通)を行う企業を財務的価値のみで評価される株式市場から追い出す(スクリーニングする)というやり方でした。この方式は「ネガティブ・スクリーニング」と呼ばれ、現在の日本のほとんどの企業は追い出されずに済みます。
一方で、GPIFが採用している方式、すなわち現在日本で主流になっている方式は、「ポジティブ・スクリーニング」と呼ばれるものです。これは、ESGのスコアの高い上位企業のみを選定し、インデックス(投資対象となる企業リスト)にするやり方です。この方式では、優良企業のみが選抜され、たいした取り組みをしていない普通の企業はスクリーニングの対象になります。さらに、ポジティブ・スクリーニングの先には、「ダインベストメント」という、既存の株主による投資の引き上げという方式も存在します。
こうした評価を決めるのはGPIFそのものではなく、選定され委託を受けているESG評価機関になります。現在、ESGの評価機関は、日本で主流のFTSEやMSCIを筆頭に世界中に数多く存在します。これらがあなたの会社を格付けする際、基本的には既に実施している活動や出されているレポートから判断します。ヒアリングや質問票調査も行われますが、そうした直接コミュニケーションのみで挽回できる余地は限られています。取り組みを行っていないことや開示度が低いことなどは言い訳にはなりません。外部から何も指摘がないからという理由で何もせずにいると、投資家からの評価は下がっていく状況にあります。
なお、ESGは従来投資の世界で発展してきたものであり、SDGsとは産まれも育ちも異なります。しかし、発信元の国連としての意図は同じであることから、両者の融合が進んできています。例えばGPIFでは、以下のような図を使いながら、「ESGとSDGsは投資と事業という別の視点から同じものを扱っているだけである」と明確に公表しています。
4 組織力強化 ― 社員及び外部人材の共感拡大
2000年代に社会人デビューしたミレニアルと呼ばれる世代は、自身のキャリア選択をする際に、お金や出世よりも社会への貢献を重視する傾向にあります。この傾向は年齢が若いほど強まってきています。
また、こうした働く人々の意識の変化により、上の世代の中でも、単に会社が儲かれば良しとする考え方は古いとみなされるようになり、社会課題の解決や働き方の改善など、仕事を通して社会貢献や人々の人生の質をも向上させたいという意識が強まってきています。
優秀な人材は確保することも、維持することも困難です。こうした環境変化を軽視していると、収益追求のみの企業には優秀な若手人材が集まらず、結果として市場競争力を失うことになります。
また、既存の社員の士気を高めるためにも、休暇付与やボーナスなどの待遇面の対処だけでなく、社会貢献的なモチベーションに応えていくことが不可欠です。
ここでもSDGsバリューは、企業にとって給与アップや福利厚生の充実などと同等の重要性をもっています。
5 将来市場における不整合リスクの回避
SDGsとは、国連と193か国が約束した未来像、すなわち、人類が創りたい未来の社会です。日本においては、顧客、投資家、労働者、事業パートナーへの共感の広がりに加えて、政府や経団連を中心に産業界全体でSDGsを推進しており、市場のルール変更に繋がる法律や規制などの整備も進んできています。
世界の急速な変化の中で、将来の市場環境を読むことは極めて難しい時代ですが、SDGsは一つの指針を示してくれます。
もしそうであれば、次の事を考えてみる必要があります。
SDGsが達成された世界において、あなたの会社に居場所はあるか?
また、あるとして、
現在の立ち位置とどのように変わっていくか?
例えば、顧客の欲しがる商品を創ることを優先し、大量の資源・エネルギーを消費し、廃棄物を海や陸に放出し続けている企業は、SDGsが達成された世界において、存続できるでしょうか?
存続できないと考えるのであれば、現時点で自社の成長の方向性、すなわち経営戦略を見直さなければなりません。
SDGsを使ってバックキャスト的に分析することで、社会全体の発展の方向性と、自社の成長の方向性の将来的な不整合を事前に発見し、回避することができます。
6 イノベーション創出
SDGsが人類が創りたい未来の社会であると考えた場合、不整合を回避するという受け身的な使い方だけではなく、より能動的な企業にとっての活用方法があります。それは、SDGsが産み出す将来の付加的な需要を取り込み、新規事業や本業の革新を興すことです。
SDGsの有無にかかわらず世界は変化し続けています。しかしながら、SDGsが設定され、それに向かって世界全体が動いていることによって、付加的な社会変化が生じています。
そして、下図にある通り、SDGsがある場合とない場合とで、社会変化の量は変わってきます。SDGsがあることによって生じた付加的な社会変化こそ、企業にとっての付加的な需要であり、新たな製品・サービスを市場に投入し、事業を始める絶好のビジネスチャンスといえます。
世界のトップリーダーが集結した2018年の世界経済会議(ダボス会議)では、この「付加的な社会変化」が産み出す市場価値が凡そ12兆ドルあると提唱されました。これは、ビジネスと持続可能な開発委員会(Business & Sustainable Development Commission) による『よりよきビジネスよりよき世界(Better Business, Better World)』にて公表されています。