国連開発計画(UNDP)駐日代表事務所のSDGsに関する渉外・広報は、公共、メディア、民間、教育、市民社会等、全方位に展開していました。

しかし、SDGsを人類のため、地球のための取り組みと位置づけ、そのための財源は税金や寄付により無償で集めて行うやり方では、あっという間に限界が来てしまいます

SDGsを一過性のブームに終わらせないためには、民間セクター、すなわち最大の人材、物資、資金、技術等のリソースを持つ民間企業が、自らの収益活動の一環としてSDGs達成に繋がる社会価値創出や社会課題解決を行っていくようになることが何よりも肝心でした。

企業にとってSDGsは善意と責任感で取り組むものという論調の強い日本においては、「そもそも企業の収益活動とSDGsは両立可能なのか?」という疑問も聞かれました。

しかし、2016年当時、実際に欧州を中心とした海外企業では、SDGsは慈善活動やCSRではなく、企業が生き残りと成長を目指して本業で取り組むのが当たり前でした。

詳細はこちらの記事をご覧ください。

企業とSDGsの関係に関する国際的な認識

SDGsと企業の関わり方として、日本と大きく違うグローバルの認識は次のような点でした。

1 経営戦略論

企業が市場の競争環境の中で収益を最大化し、素早く成長する手段を科学的に突き詰める経営戦略論において、第一人者であるハーバード大学ビジネススクールのマイケル・ポーター教授は、マッキンゼーやBCG流の方法論の不十分さが露呈し始めた時代に、「5フォース分析」、「バリューチェーン」といった革新的な概念を産み出しました。そして現在、将来訪れる持続可能な世界における市場で企業が勝つための方法として、社会価値と経済価値の両方を産み出す戦略、すなわちCSVにたどり着きました。

これは、将来の世界において、企業がより多くの収益を上げるためには、これまでのような自社の成長のみを追い求めるエコノミック・アニマル的なアプローチでビジネスを考えることは非合理的であることを示しています。SDGsのような社会価値創出や社会課題解決をビジネスに取り込んでいくことは不可欠であるという認識です。CSVの経営戦略はグローバル市場を牽引する多くの企業によって支持され、既に実践されています。

2 企業の社会的責任(CSR:Corporate Social Responsibility)

CSRは日本では「企業の社会的責任」と訳され、企業が義務や責任として本業の収益活動とは別にコストを投じて取り組む活動と一般的に理解されています。例えば、トヨタ自動車は東南アジアでマングローブの植樹活動を行い広報に活用していましたが、同活動はトヨタ自動車に何の収益ももたらさない上に、本業である自動車の生産プロセスとは何も関係がありません。多くの日本企業のCSRはこれに似たものでした。ここには、車のガソリン燃焼が地球環境破壊につながっているという発想、つまり、企業の収益活動は社会に負荷をかけるものという「補償」的な考え方が前提にあります。

しかし、国際的なCSRの理解の目指している方向性とは、本業のビジネス活動と社会の発展との間にwin-winの関係を創り上げていくことです。CSRとは、両者をトレードオフの関係のまま今のビジネスの在り方を継続し、補償していくためのものでは本来ありません。

3 資本主義と企業統治

アダムスミスが提唱した資本主義は、売り手と買い手がお互いに我欲を突き詰めれば市場の自動調整機能(神の手)が働き、マクロ経済としては最大の生産性をもたすという理論であると、しばしば誤って理解されています。この考え方では、弱肉強食の市場競争原理は、経済を活性化させるものとして、肯定されることになります。

しかし、『国富論』を始めとした原書の中で強調されている資本主義の目的とは、あくまで「社会の発展」であり、無目的な富の最大化とは無縁のものです。企業による市場競争ルールは、社会の発展のために最適な形で形成されることが前提になっています。

米国を中心に形成された株主資本主義も、企業のガバナンス強化や株主の支配権強化のような文脈で語られがちです。しかし、元をただせば資本主義の発展のために、適正かつ合理的な意思決定が各企業によってなされ、それにより最適な市場競争が行われるためのルールを目指すものです。

このように、SDGsとビジネスの関係は、日本での解釈のように善意や責任感で進めるべきものではありません。国際的な共通認識は、経営戦略、CSR、資本主義といったグローバル市場やその中でのビジネスの在り方を発展させ、あるべき姿に近づけるための進歩と捉えられています。

日本と世界のギャップを埋める取り組み

SDGsの認識に関する日本と世界のこの大きなギャップを埋めるためには、個々の日本企業に対して丁寧に解説を行っていくことが不可欠です。しかし、当時のSDGsに関して企業に向けて書かれた資料や文献は「SDGsとは何か(What)」と「SDGsになぜ取り組むべきか(Why)」というものばかりで、「どうやって取り組むのか(How)」をきちんと解説したものは全くありませんでした。

また、類する資料として、グローバルコンパクトを中心とした国際機関が作成した『SDGsの企業行動指針(SDGs Compass)』などはありましたが、これらは日本企業の特殊性を理解していな上に、公共セクター側の視点が抜けきれておらず、内容とアプローチの両面において不十分だと感じていました。

そのため、SDGsに対して本質的な取り組みを行うための方法論を開発し、広めることに注力しました。UNDPの資産の中で最も使えると考えたのは、国連が社会課題解決分野の世界の先進企業とともに古くから実際のインクルーシブビジネスや貧困(BOP:Base of Pyramid)ビジネスを展開し、教訓をまとめてきた「ビジネス行動要請(BCtA:Business Call to Action)」というプログラムでした。

ここに参加している先進的な取り組みを行っている参加企業を日本におけるSDGsのトップランナーとして育て、広報することにより、これからSDGsに取り組む企業にあるべき姿と有効な方法論の一端を見せることを考えました。解説書も重要ですが、まずは百聞は一見に如かず、です。

結果として、当時BCtAに参加していた味の素、パナソニック、住友化学、会宝産業、サラヤ、ユニ・チャームなどの企業は、その後、国内外のSDGsアワードを受賞し、名実ともにトップランナーとなっていきました。

また、富士通、オリンパス、ソニー、三井物産、Yahooなど、BCtA以外の有望な企業の取り組みについても、個別の連携プロジェクトを進めていきました。

同時に、そうしたフロンティア企業が実際に経験した成功と失敗をもとに、汎用的に後続の企業に適用できるSDGs実践の方法論を産み出し、広めることに着手しました。

書き物としてのガイダンスは経産省の『SDGs経営ガイド』や環境省の『持続可能な開発(SDGs)活用ガイド』の原型となる調査が、既に政府により着手されていました。そのため、UNDPでは、Japan Innovation Network (JIN)を中心とした複数の企業、大学、団体等の協力を得ながら、約50社の企業とともに、SDGsをビジネスに役立てる方法論を教えるSDGs Holistic Innovation Platform(SHIP)という教育プログラムを立ち上げました。

また、同様のプログラムを世界各国に広めるため、トルコにあるUNDPの企業連携の専門部署と共同でSDGs Impactなどのイニシアチブの創発を手伝い、ノルウェーやタイなどでの企業によるSDGs実践プログラムの設立を支援しました。

2017年以降は、日本において企業のSDGs実践の優良企業や先進事例も増え、支援する枠組みも官民ともに充実してきました。そのため、国連を離れ、SHIPの共同パートナー機関で個社の企業のSDGs導入・実践の取り組みに並走した後、現在はSDGsアントレプレナーズとして、企業がSDGsを実践する上で、「今足りない次の一歩」を提供するために活動を続けています。